高次脳機能障害者を全く理解してくれない人々との別れ(親父編)


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私の実家である杉並区の阿佐ヶ谷に住む実父の高野義宗は『清水先生(弁護士)』から引き継いだ二回目の補佐人ではあったが…私の財産を守るどころか私の弟が『仕事で困っているから降りた保険金から100万円ぐらいあげろよ!!』など果てしない繰り返しだけであり『病の回復状況はどうだい?』なんて心配をしてくれる『優しき言葉』も一言も述べられた事すら皆無であり…当然、マトモな話し合いにも成らなくなるので、毎回電話での親子喧嘩は当たり前の様になるのは極自然の流れであり極めつけは…とある高次脳機能障害の家族の会の責任者に『自賠責保険第②級クラスの方の重い後遺症のお持ちの被害者さんでしたら独立行政法人自動車事故対策機構NASVA(ナスバ)を通して国土交通省から介護料が降りるので一度NASVAに問い合わせてみて下さいね』と電話で助言されたので、早速私は『NASVA』に電話を入れたら短い期間のうちにお二人で私の自宅の分譲マンションにに来訪して下さった。
『都内に悪意の有る遺棄』をされた高次脳機能障害者の私には嫁さんも居なければ、高野家一族の血族達は全員都内に居住しているなかで、誰一人も高次脳機能障害に何ら理解すらもしてくれなく…根本的に私の事を親身に成って介護をしてくれる血族は誰一人も皆無な現状なんですよ…私は…週三回の介護ヘルパーに手助けてもらって…やっとやっと独り暮らしをしている状態なんですよと。来訪して下さったNASVAの職員さん2人に正直に露呈をしたら…職員さんは『二回目に補佐人に成られた時がある高野さんのお父さん(高野義宗さん)に介護をされている方に致しましょう』と提案を出されたのだが、高次脳機能障害者の事を全く理解してくない父の事だし…私には嫌な予感が走り一抹の不安がよぎったので…私から電話をするのでは無くNASVAさんの職員さんからこの場で私の実父に細かい説明をして頂く為に電話を入れて下さいと頼んだのだが…やはり…案の定…実父は『協力はしたくない』の一点張りたる展開には流石の私でも滅茶苦茶…驚きました(私の腹の中では…それでも実の父親なのか!!)NASVAさんの職員が説得を続けても、
実父の高野義宗は頑なに拒否をしてきたので…私が電話に変わって『仮にも俺の子が自賠責保険第②級たる重い後遺障害を認定をされた子供が国土交通省からNASVAさんを通して介護料を支給されるように手続きを一目散に始動するのが一般的な父親の役割ではないのか?では…このまま権利をみすみすと放棄をすると言うのか?』と述べても…一向に拒絶してきた。

この…遠因にあるのは、年がら年中…私に電話をしてきては、私の実弟である『卓に100万円ぐらいあげろよ』たる私の保険金を摂取しようとあの手この手を使っての繰り返しを私は頑なに断った挙げ句、こんな父親が補佐人たる存在に、いつまでも居座っていたら『高野憲一の全財産を預けておくのに安全・安心をして預けておくのには保証出来なく危ぶまれる危険性を感じた』ので補佐人を解任した事を不服に思っていたのだろう(即ち私は小倉親子に詐欺られた二の舞だけは絶対に避けなくてはならないので佐倉裁判所に補佐審判取り消しによって親父の事を解任をしていたのを恨みに持っていたのだろう)

通常の両親ならば『そんな…恩恵を…お国から享受出来るなんて生活費が非常に助かるではないか!!どんな書類を揃えれば介護料を支給されるように成るんだい?迅速かつ早急に揃えるから教えてくれたまえ!!』と逆に喜んで協力するのが『本来の家族のありまじき姿』が親子関係の一般的な概念・通念の筈だろう。

こんな一悶着が有ったにも関わらず、相変わらず電話を掛かってきては『金の無心』ばかりで、ホトホト嫌気が差したので親子の縁を切る覚悟を決し私は父親からの電話を『着信拒否』を判断致した。

親父と一緒に暮らしている義母の田村恵美も『卓に何故、金をあげないの?』と完全に夫婦揃っての出来レース!!

私は主治医に言われた事をそのまんまを2人に電話で何度も告げてはいた『何も高野憲一さんは事業で大成功した納めた人でも何でも無く交通事故によって車に一方的に跳ねられてしまい重い後遺症を患ってしまった代償金なのですよ!!働けない高野憲一さんにとっては一生大切に使って行かなくては成らない貴重なお金なんですからね』とそのまんま告げてやっても『働く事は出来る筈』『自分勝手だ』と全てにおいて高次脳機能障害というものを全く理解・把握していない総崩れ状態…。

私は病発症以来…高次脳機能障害の本を片っ端から読んできたが『橋本圭司の高次脳機能障害』や『日々コウジ中』が殊更お気に入りで親父にも、それら本を贈ったが全く読んでいない有り様(通りで一向に理解せん訳だ)

これら贈った本を徹底的に読んでもらい高次脳機能障害とは一体どんな難解な病なのかを理解してもらう様に何度も促しても…それは無駄だった…。
それと同時に千葉リハビリテーション発の高次脳機能障害のパンフレットを私は大量に頂いてきて、これまで色々な人々に配ってきたが…肝心の親父に手渡しても…たった一言『見なくても分かっているよ』と息子が大変な病に患ってしまった危機感なんざ、まるで無しだった。

幼少期から親父を見て来たが、少しでも反対すると『暴力』によって全てを片付けるという殴る蹴るは日常茶飯事であり今なら問題に成るだろうバリバリの『児童虐待』そのものの家庭環境であり、度を超した厳しさであり私は幼少期は『独裁者』と暮らしていた不憫な思いをした(私は17歳の時に暴力に耐えられず家を出て独り暮らしをしていた程だ)
私と親父と合わない…その根本的な理由とは私は『民主主義者』であるが親父は『共産主義者』だからなのだと、私は考察している(即ち言論の自由表現の自由すら守られていない一党独裁の家庭環境)

そんな訳か険悪な仲に成っていた…2016年平成28年8月7日に大正4年1915年生まれの酒井家と武田家たる士族の毛並みが良かった『高野よし』婆ちゃんが自宅で逝去されたが(享年101歳)私には訃報を知らせる連絡は一切来なかったので『高野よし』婆ちゃんの死に目にも立ち会えなかったし、高野家一族全員が出席した告別式にも私ただ一人だけ呼ばれなかった(高野家長男の親父とは着信拒否にはしていたが例えば義母や親戚を使えば、いくらでも私に訃報を知らせる事は可能だった筈だ)
高野よし婆ちゃんにとって私は栄えある一番最初の初孫であり、日本では一割しかいない士族の血統に私は誇りに持っていた。
歴史が大の趣味の私には高野よし婆ちゃんは貴重な歴史の生き証人・生き字引だったので、戦前の日本国の時代情勢や世界情勢・背景に大東亜戦争突入から敗戦直後の日本国について、その時の日本国民の暮らしなどをリアルタイムに聞けるので対話するのは非常に楽しかった。

私は親父である高野義宗が死亡しても葬式には顔を出さない決意を既に固めている…。

 

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