貸した金は返金せよ!!⑤


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前回の記事では佐倉裁判所に『小倉義生』が提出した嘘八百デタラメだらけの『陳述書』の全文を掲載したが、この極悪人の詐欺師に加担した大嘘を並べるのが仕事の障害者の敵である『古海弁護士』一派は何とかしてでも虚偽を作り出し、それを真実として認めてもらく必死かつ躍起に成って、更に嘘を塗り固めたいが為に念入りに娘である『高野直子』にも陳述書を作成させ佐倉裁判所に同時に佐倉裁判所に提出したので、それも全文を掲載を致そう(そもそも・・・小倉義生は私から40万円を返して貰ったり60万円を贈与として私から正当な理由として受け取ったのが本当に起こった真実ならば、古海弁護士を雇う必要も無ければ高野直子の陳述書なんざ全く持って不要なのである!!即ち己に多大なる非が有るという証左)では小倉親子の口裏合わせた猿芝居をどうぞ(笑)

 

住所:千葉県成田市玉造7ー1ー1ー4棟101プロムナード

名前:高野直子

 

第1:はじめに私は、平成26年(ワ)第463号資金返還等請求事件(以下『本件』といいます)の原告である高野憲一さん(以下『高野さん』といいます)の娘です。

高野さんが平成23年4月6日にお父さんに渡した100万円は、私がお父さんから足りない生活費を充てるために借り入れた43万3000円の借金の返済金40万円と、長い間お父さんの家に住まわせてもらったことに対するお礼金です。

お父さんに100万円を貸し付けたということはありません。

また、平成23年7月2日に私と高野さんは別居することになり、その日以来高野さんはお父さんの家(以下『私の実家』といいます)に戻ってきませんでしたが、当時、私に対する暴言及び暴力(以下『DV』といいます。)がエスカレートしていて、私は『このままでは殺される。』と本気で思うようになり、1日たりとも高野さんと一緒にいることはできないと思ったため、同日、高野さんの父親である高野義宗さんと弟の高野卓さんに高野さんを説得した結果、高野さんは、高野義宗さんが用意したマンションの一室に留まり、私の実家に戻らなかったのです。

私やお父さんが追い出したということはありません。

上記2点について、それまでの経緯を踏まえて、以下詳述いたします。

 

第2:高野さんが平成23年4月6日にお父さんに100万円を支払う経緯について。

1:身上等。

私は昭和50年3月31日、本件で被告とされている小倉義生と小倉和子の長女として生まれました。現在39歳です。

平成15年3月5日に、本件の原告である高野憲一さんと婚姻し、同年4月2日には長女なつき(以下『なつき』といいます)が生まれ、平成21年4月19日には次女あさ(以下『あさ』といいます)が生まれました。

2:お父さんからの生活費借り入れについて。

結婚後数年間は高野さんと私、なつきの3人で生活していましたが、高野さんに十分な生活費を渡してくれないので、年々生活は苦しくなっていきました。

平成18年5月頃、今まで使っていた冷蔵庫が壊れてしまいました。

新しい冷蔵庫を買う必要がありましたが、その購入資金がなかったため、同月26日、お父さんから冷蔵庫の購入代金10万円を借り受けました。

これが、生活費としてお父さんからお金を借りた最初のときです。

その後も、生活費が足りなくなるたびにお父さんからお金を借り受けました。

お父さんから足りない生活費を充てるためにお金をお金を借りた日時及び金額は以下のとおりです。

平成18年5月26日に10万円・8月27日に5万8000円・11月22日に8万5000円・平成19年1月26日に6万円・2月27日に13万円・合計43万3000円。

お父さんから生活費を充てるために借金したことは、当初高野さんには黙っていましたが、十分な生活費を渡してくれないことについて私と高野さんが言い争いになったときに『足りない生活費はお父さんから借りてるんだから。』と伝えました。『いくら?』と聞かれたので『40万円ぐらい』と応えると、高野さんはお父さんから足りない生活費を借りているとは思っていなかった上に、40万円もの高額の借金であったので、非常に気まずそうな、バツの悪そうな顔をしていました。

3:お父さんへの生活費支払いについて。

その後、家賃の支払いが滞るようになり、また、毎月家賃を支払うことが経済的に難しくなってきたので、平成19年5月頃から私の実家に家族3人で同居させてもらうことになりました。

同居を始めるに際し、お父さんから毎月生活費を支払って欲しいと言われました。

同居後、約半年は定期的に生活費として数万円を支払っていましたが、なつきが通う幼稚園で必要になる費用が多くなったため、平成19年12月に1万円を支払ったのを最後に生活費の支払いを行っていません。

同居に際し、同居後一定の生活費を定期的に支払うという約束をしたこと、及び、約半年は生活費を支払っていたがその後生活費を支払っていないことは、高野さんも知っていました。

生活費を支払っていないことを話すと話をはぐらかしたり、急に怒り出したりしていたので、高野さんは、支払うべき生活費を支払わずに私の実家に住み続けていることに対して、気まずい思いをしていたと思います。

4:高野さんが交通事故に遭ったことについて。

高野さんは、あさの誕生日である平成21年4月19日に交通事故に遭い大怪我を負いました。

当時私は、あさを出産した直後でしたが、高野さんが同日入院し、平成21年7月頃に退院するまで、約3ヶ月間、毎日、病院に通って、着替えや食事の世話など看病を行いました。

入院直後は非常に危険な状態で集中治療室に運ばれましたが、治療の甲斐があって、高野さんは平成21年7月頃に退院しました。

退院したとき、高野さんは、私に対して『ありがとう』『お前のおかげだ』と感謝の言葉をかけてくれました。

この言葉を聞いて、私は、高野さんが交通事故で体が不自由になって、何もできなくなったとしても、それでいい、ずっと支えていこうと決心しました。

高野さんのDVが始まったきっかけについて。

高野さんは、退院後しばらくおとなしくて穏やかでしたが、退院後1ヶ月が経過した平成21年8月頃から、ささいなことで怒り出すようになりました。

例えば、掃除機の音がうるさいと言って怒ったり、観ているテレビの前をなつきが横切っただけで、なつきを怒鳴りつけ、私に対しても『お前のしつけが悪い』と怒ったりしていました。

交通事故の影響で以前と同じように体を動かせない事が出来ないからだろうと、しばらくは何も言い返しませんでしたが、あまりに理不尽なときに言い返すと、言い争いになりました。

この頃から、言い争いになって、分が悪くなると、高野さんは、私に暴言を吐き、枕を殴るなど間接的な暴力を振るうようになりました。

高野さんの私に対するDVは、日に日にエスカレートしていきました。

しかし、高野さんは、同居している私のお父さんとお母さんには、私に対するDVを知られたくないと考えていたようで、父母がいるところでは暴言を吐いたり、暴力を振るうことはありませんでした。

DVは、父母のいない出かけ先の車の中や、父母が不在のときに行われることが多かったです。

そのため、高野さんの私に対するDVについて、お父さんやお母さんは、私が高野さんから殴られたという話をした平成23年4月頃までしらなかっと思います。

6:平成23年3月29日、高野さんは交通事故の損害賠償として3000万円もの大金を手にしました。

賠償金の額及び支払時期については、代理人の弁護士の方から聞いていたので、知っていました。

3000万円もの大金を手にいれた高野さんは、今まで買い物ができなかったうっぷんを晴らすかのように、インターネットを使って大量の買い物をするようになりました。

交通事故に遭ったために以前と同じように体を動かす事が出来ず、不自由な思いをしているのだから、損害賠償金については高野さんが自由に使ったらいいと思っておりました。

しかし、生活費は払ってもらわないと私となつき、あさの生活が成り立たないので、高野さんと話し合った上で、賠償金が支払わされた月の翌月である平成23年4月から月額20万円を生活費として支払ってもらうことになり、平成23年7月分まで合計80万円を支払ってもらいました。

その後は、離婚が成立する平成24年11月12日まで婚姻費用を支払っていません。

大金を手にした高野さんは、今まで世話になった人にお礼すると言って、高野さんの父親である高野義宗さんに世話代として100万円を払ったと言っていました。

また、高野さんの父親の弟である高野二郎さんにも世話代として100万円渡そうとしたが、受け取ってもらえなかったとも言っていました。

高野さんがこのような話をしていた平成23年4月6日、高野さんは、私の実家の居間において、お父さん、お母さん及び私の目の前で、100万円を差し出し、生活費として借りた40万円と今まで世話になった礼金60万円です、受け取ってくださいと言いました。

私のお父さんとお母さんは、感慨深そうな面持ちで『ありがとう』と言い、高野さんから100万円を受け取りました。

そのときの高野さんの様子は、お父さんからの借金を打ち明けられたときの非常に気まずそうな、バツの悪そうな顔とは打って変わって、自信に満ちた『どうだ!!』と言わんばかりの顔をしていました?

第3:平成23年7月2日に高野さんが私の実家から出て行くに至る経緯について。

1:DVの激化について。

平成23年4月中頃、高野さんから殴られたかとがありました。

それまで、両親に心配を掛けまいと両親には高野さんのDVのことを話していませんでした。

しかしこの頃の高野さんは、怒り出すと周囲の人や実の娘であるなつきとあさが見ていても関係なく、目を血走らせ『殺す』という言葉を躊躇なく使い、殴りかかってきたり、掴みかかってきたりしました。

このような高野さんに対して、私は『本当に殺されてしまうかもしれない』と恐怖を感じていました。

そこで、平成23年4月中頃に高野さんから殴られたことを、その日のうちに両親に話しました。

私の話を聞いたお父さんは、高野さんに直接『娘になんてことをしたんだ!』と言いました。

私のお父さんに叱られた高野さんは、そのときは謝りました。

しかし、このことをきっかけに、高野さんの私に対するDVはさらにエスカレートしていきました。

私は平成23年7月21日に千葉地方裁判所佐倉支部に配偶者暴力に関する保護命令申し立てを行い同年8月2日に保護命令を出してもらいました。

2:平成23年6月11日の話合いに至る経緯。

高野さんの私に対するDVがエスカレートし、私は『このまま一緒にいたら殺される』と考えるようになり、一日も早く高野さんと別居したいと考えるようになりました。

しかし、離婚の話をしただけで逆上して、罵声を浴びせながら殴りかかってくる高野さんが、別居の話に素直に応じるとは到底思えませんでした。

そこで、私は、従来まったく没交渉でしたが、すがる思いで、高野さんの父親である高野義宗さんに電話連絡し、高野さんの私に対するDVが尋常ではなくこのままでは本当に殺されるかもしれない、1日も早く別居したいと話しました。

私の話を聞いた高野義宗さんは理解を示してくれました。

より詳しい話合いをするために、私と私の両親は、平成23年6月11日に高野義宗さんのお宅に訪問することになりました。

平成23年6月11日、高野義宗さんのお宅には、高野義宗さん、私及び私の両親の他、高野さんの義母である田村恵美さん、弟の高野卓さん及びその奥様である藤ノ木伸江さんが集まっていました。

この席で、私は、今まで高野さんから受け続けたDVのことをすべて話しました。

私の話を聞き終わった高野義宗は、一日も早い別居のために高野さんを説得してくれると約束してくれました。

また、弟の高野卓さんも高野さんを説得してくれると約束してくれました。

その後、高野さんを説得するための話合いの日時は平成23年7月2日1時とすること、同日をもって高野さんが私の実家を出て行き私と別居すること、同日をもって高野さんが生活する部屋については高野さんの父親である高野義宗さんが用意すること、平成23年7月2日の話合いはその部屋で行うことを決めました。

3:平成23年7月2日の話合いに至る経緯。

高野さんの父親である高野義宗は、勤めている会社が入っているビルの隣のマンションの一室を、高野さんが別居後生活する部屋として用意しました。

平成23年7月2日、私と私の両親、なつきとあさの5人で上記マンションに車で向かいました。

私とお父さんが午後1時頃に部屋にいくと、既に、高野さん、高野さんの父親である高野義宗さん及び弟の高野卓さんが集まっていました。

3人は午前中に集まった上で、3人で話合い、高野義宗さんと弟の高野卓さんの説得に、高野さんは納得して別居に応じると言っていたと聞きました。

しかし、私とお父さんが到着して、話し合おうとすると、荷物の片付けがあるので一週間だけ滞在させて欲しいとダダをこねだしました。

このころ、私は反対していましたが、高野さんは振り込まれた賠償金を使って、一家4人で住む新居に引っ越そうと計画をしており、自分の荷物は既に梱包済みの状態で、荷物の片付けに一週間もかかるような状態ではありませんでした。

この申し出を聞いたとき、私は、一週間滞在して、その間になし崩し的に私の実家に住み続けようとしていると思い、その申し出は受けられないと伝えました。

その後もしばらく駄々をこねていましたが、高野義宗さんと弟の高野卓さんの説得もあり、最終的に、今日限りで私の実家には戻らないこと、したがって、今日限りで私の実家にある荷物は、高野さんの指示があり次第、そこに送るということになりました。

話合いが終わり、私とお父さんが帰ろうとマンション駐車場まで行くと、高野さんも付いてきました。

別居するとなった場合、処方されている薬と数日分の着替えが必要になると思い、衣装ケースにそれらを入れて持ってきていたので、車の前に立つ高野さんに対し『薬と着替えは持ってきたよ』と言って、車に詰まれた衣装ケースを示しましたが、一切受け取ろうとしませんでした。

そのとき私は、高野さんが薬を受け取らなかったのは、薬が私の実家にあれば、薬を取りに行くということを口実に私の実家にくることができると考えているからだと思いました。

マンション駐車場に下りてきた高野さんは、娘2人の顔を見ると、すぐに部屋に戻っていきました。

その後、私たちは、高野さんに見送れることもなく、私は実家に帰りました。

4:離婚に至る経緯。

別居の翌日である平成23年7月3日午前中に、高野さんから私宛に電話連絡があり、そのなかで、高野さんは、私に対し、昨日の話合いのことを『こんな汚いまねをしやがって!』『どうなるかわからないからな!』『お前たちみな殺しにしてやる!』と怒気鋭く脅迫されました『殺されるかもしれない』という恐怖心は以前から感じていましたが『お前たち』という言葉から、私だけではなく、なつきやあさも殺されるかもしれない、私の両親も殺されるかもしれないという恐怖が生じ、もはや自分だけでは自分と娘たち、そして両親を守ることはできないと思い、翌日、両親とともに成田警察署へ相談に行きました。

事態を重く受け止めた警察官の方は親身になって相談に乗ってもらい、緊急事態に電話するようにと、私と私の両親の携帯電話に110番登録をしてもらい、さらに、早急に千葉地方裁判所佐倉支部に対する配偶者暴力に関する保護命令申し立てを行いました。

申し立ての後、同年8月2日に保護命令を出してもらいました。

その後、離婚に向けて高野さんと話合いをしたかったのですが、まったく話合いにならず、協議離婚は成立しませんでした。

そこで、離婚調停を申し立てようと準備していましたが、私が申し立てるより早く高野さんが千葉地方裁判所佐倉支部に対し離婚調停を申し立てました。

その後、平成24年11月12日に離婚調停が成立しました。

この離婚調停の中で、高野さんは、当時9歳のなつきと当時3歳のあさが成人するまでの養育費として300万円を一時金として支払い、その後は一切養育費を支払わないという養育費の支払案を提示してきましたが、私はこれ以上関わりたくなかったので、承諾しました。

5:離婚後も続くDVについて。

離婚成立後も、高野さんは私に電話連絡をしたり、メールを送ったりして、私や私の両親に対して罵詈雑言を浴びせてきます。

このメールの中で、高野さんは、なつきと当時3歳のあさが成人するまでの養育費として支払った300万円とお父さんに借金の弁済として支払った40万円を返還するように私に求めてきます。

養育費300万円は調停という裁判所での手続きを経て高野さんも納得して支払ったものなのに、返還を求められています。

これと同様に、40万円も借金の弁済として支払ったものなのに、本件でお父さんに対して返還を求めているのです。

第4:以上のとおり、高野さんが平成23年4月6日にお父さんに渡した100万円は、私がお父さんから生活費を充てるために借り入れた43万3000円の借金の返済金40万円と、私の実家に住まわせてもらったことに対するお礼金60万円です。

また、高野さんは平成23年7月2日から私の実家には戻りませんでしたが、私に対するDVを知った高野さんの父親である高野義宗さんと弟の高野卓さんに説得されて自発的に戻らなかったのであり、私やお父さんが追い出したということはありません。

 

 


高野憲一の反論:世田谷区上馬の借家での私:高野憲一と同時:妻の高野直子と長女:なつきの3人での結婚生活の中で、私が最終的に仕事を失敗をし、就職活動中に高野直子・高野なつきの事を養う為に借りたのは私の父親である高野義宗から借りた『総額105万円』であり私が血族でも無い小倉義生に頭を下げてまでして一円すらも借りてはいない(高野直子は、よくよく熟知している筈)
仮にも高野直子が小倉義生から、40万円を借りていたなら家計の全般を支えていた私は結婚生活の中で即座に気付く筈(笑)

40万円もの金を実家から借りているのを私に知らせたら『非常に気まずそうな顔をして私がバツの悪そうな顔をした』(大爆笑)

この作り話が本当ならば私は即断即決『小倉義生』に電話を入れ、いくらいくら借りているのか詳細に書き記し、御迷惑を掛けてしまい済みませんと、ひたすら謝り『再び仕事が軌道に乗り始めたら必ずや40万円を責任持ってお支払い致しますからね!!』と間違い無く私は小倉義生に告げている筈!!

そもそも1億3000万円もの多大な借金を抱えて債権者達や佐倉裁判所の通知すらひたすら受け取らないで、徹底的に逃げ回っている無職の多重債務者の小倉義生に40万円も人に貸せる金が果たして有るのか?物理的に無理だろうに(大爆笑)

再び同居してから『約半年』は生活費を入れてくれただって?(何?その約半年間たる曖昧な期間て)
こういった私から渡して貰った金額と日付の都合の悪い事は意図的に一切記載しないのな(典型的な詐欺師なのが小倉親子)
小倉義生はプロムナードのリビングで私に直接向かって『毎月15万円は入れて欲しい』と頼まれて、私は高野直子となつきとあさを育て上げながら『15万円』もの金を支払うのは余りにも厳しかったが…取り立ても厳しく何かと金に困っていた多重債務者は無職の小倉義生に情けを掛けて、高野直子経由で毎月15万円を生活費として入れるのに私は必死に成って働いたが(月間の契約数は常にNo.1だったので私は班長まで上り詰めた)勤務先の東京新聞の今井団長(社長)に高野直子に渡せる生活費を差し引いても小倉義生に渡せる15万円に到達しない場合は…今井団長に借りてまでして金を工面したそんな私は…結局『90万円』もの借金を抱えてしまったに加えて、今井団長に毎月…毎月…借りる訳にはゆかないので、高野直子が作ったカードローンまで手を出してしまい50万円もの借金をこしらえてしまった(高野直子と2人で成田市のゆうちょの本局に何度行った事か!!)
で、半年後の12月には1万円を最後に生活費を入れなかったって(大爆笑)
では、多重債務者の無職の小倉義生が、高野憲一・高野直子・高野なつき・高野あさ・たる4人を隅から隅まで養ってあげたのな(大爆笑)
じゃあ『我々の携帯電話代』や『生命保険代』『学資保険』『住民税』『所得税』から何から何まで全て小倉義生が支払ってやってたんだ(そんな…金持ちの善人がどこに居るんだよ!!居るなら紹介をして欲しいものだ!!)

では生活費に困っていたならば高野直子は何故に結婚後以来『無職』だったの?(笑)
生活費に逼迫していたならパートなり働きに出るでしょうよ(笑)

住み続ける事に対して『気まずい思いをしていたと思います』だ(大爆笑)

小倉義生と小倉和子を週に一回から二回は寿司屋や焼き肉屋や様々な飲食店で御馳走し私はプロムナードの家の中では堂々と暮らしていた(小倉義生・小倉和子が一番好きなのはスキー場なので旅行に何度も連れて行ってやったり)

3ヶ月間、毎日、病院に通って看病を行いましただって(笑)

毎日なんざ来ていないのが真実!!

更には『交通事故で体が不自由になって何もできなくなったとしても、それでいい、ずっと支えていこうと決心しました』だって?

全くの口からの出任せ!!
高次脳機能障害』たる病を何ら理解もせずに研究・勉強すらもせずに私の『自賠責保険金』から親子揃って散々に渡って摂取・着服して『任意保険』が、そろそろ降りそうなのを見計らって計画を練り上げ、常に介助が必要な障害者に成ってしまった家族である助けなければならない亭主の事を『都内に悪意の有る遺棄』なんざ決心をした人間が到底…出来る筈が無い!!

文中にはDVをお父さんやお母さんに知られたくない留守など間隙を潜っては暴言や暴力を毎回繰り返したなんざ戯れ言を平気で大嘘を述べているが、仮にも私が高野直子に毎回毎回殴っていたとしたならば、同居をしている娘(直子)のアザや傷跡の異変に気付かない両親が果たして居るだろうか?(笑)

それに小倉義生と小倉和子は自宅の出入りには債権者達の存在を恐れており極めて警戒しており、常に自宅に居て外出を極力控えていた人間達であり、部屋が違えど何でも聞こえてしまう分譲マンション内で、小倉義生・小倉和子が確実に家に居ないのを確認作業するという事を高次脳機能障害者の私がそんな器用な事が出来たであろうか(答えは否だ!!)

頭の賢い読者は既にお気付きに成っていると思うが、何故に果てしないDVを受け続けていた同居中に一切かっさい成田警察署に高野直子は通報もせずに都内に私の事を『悪意の有る遺棄』をしてから、わざわざ『保護命令』の申し立てをしたのであろう(即ち遺棄したという負い目が有ったからなのと私の預金通帳と実印を渡したくなかったからという計画の一環だからなのは明白!!まだ弁護士も付いていなかったので佐倉裁判所の裁判官に聞かれるまま…訳の分からないまま…反論もせずにウンウン頷いていたら保護命令を出されてしまった)

この佐倉裁判所を通した保護命令だが、連中は刑事罰に処される『保護責任者遺棄』たる罪意識が有った訳だが…流石は極悪人の詐欺師、悪知恵は利く…それを逆手に取って『加害者から被害者面』にすり替わろうと、これも計画通りだった訳だ(真の狙いは今後、私に降りる任意保険金の財産分与にて奴らの悪しき計画は完結する)

『インターネットを使って大量の買い物をする様に成った』脳に効くであろう足の裏のツボマッサージ器や少しでも病を治癒する可能性が有る食品や物を購入しただけ(占めて13万円)

生活費を私と話し合った上で毎月20万円の生活費を入れる様に成ったと、いかにも民主主義らしい戯れ言を述べているが実際は全くの真逆!!(過去の記事を読んでみて下さい)

『20万円を貰えないと生活が出来ないのよ!!』の一辺倒!!(借金すら何ら無い10畳一間で20万円も掛かる訳が無い)
即ち、私に降りた3000万円から、いかにして摂取する作戦に切り替えた『極悪人の詐欺師の小倉親子』は完全のグルだった(黒幕であり指揮を執っていたのは小倉義生)

もうね…こんな大根役者の演技に対して余りにも馬鹿馬鹿しくて、逐一反証するのも疲れるが…小倉義生にリビングで100万円の金を貸してやった話が、いつの間にか高野直子から言わせれば『自信に満ちてどうだ!』に話が見事にすり替わっている、どこまでも非を認めたく無いので与太話を永遠に講じたいらしい…どうにも成らない『小倉親子』

自賠責保険金が私に降りてから朝昼晩、嫌になる程『憲ちゃん!!御願いだから家に纏まったお金を無利息・無担保で最低でも100万円は貸してあげて!!そうすれば取り立ては無くなるから!!』と判断能力の無い私は…正確な判断が取れなく…ウンザリする程…毎日毎日…聞かされ続けて根負けをしてしまい…100万円を貸してやったのが…そもそもの大きな間違いであった(経済的虐待であり判断能力の無い私は簡単に騙されてしまった)

文中には『殺す』や『殴りかかってきた』なんざ馬鹿げた事をいけしゃしゃあと述べているが、完璧に誇大・誇張している作り話(何とかして裁判所に認められたいが為への全ては偽りのストーリー作り)

もし仮にも私が高野直子に、これら…本当にしていたならばブログには正々堂々と記載しないだろう!!(私は高野直子からアンタは金だけを出しとけばいいんだよ!!面倒を見てやらないよ!!と平手打ちされていた日常茶飯事はあくまでも包み隠すのだな)

荷物が梱包済みだから一週間も掛かる訳が無いので申し出を断った(笑)

ではなんで『今日だけはホテルに泊まって』と強く要望してきたの?(笑)

更には私の全荷物を返してくれるのに『3ヶ月間』も返してくれなかったの?

更には勝手に私の夏場の荷物だけを車に搭載しときといて一番肝心な私の命の代償金の自賠責保険金が入っている『預金通帳と実印』は敢えて持って来なかったの?

今日だけはホテルに泊まってと強く説得されたので私は騙されて、その中からTシャツ一枚と短パンの一枚だけを選んで持たされた訳だ。

重要な私の『薬』すら無かった杜撰さ。

都内に悪意の有る遺棄した三時間は話し合いどころか小倉親子の一方的な約束事の押し付け『お金は一円も求めない』に『好きな時に娘達とは会わせる』に私の実父も実弟も、その小倉親子たる詐欺師の発する偽りの言葉を信じ込んでしまった。

そもそも部屋を私の実父が用意したなんざ述べているが、私の親父が敷金・礼金を支払ってまでし、わざわざ借りた家なのか?(ワンルームマンション)
狡猾な小倉親子の真の狙いは私の降りであろう多大なる額の任意保険金たる財産分与だったのを様々な行政機関や弁護士から聞いて極めて危険な状態なのを察知した私は弁護士を早急に雇い入れ、補佐人の弁護士も雇い、ガチガチに固めてから離婚調停を持ち掛けたのたが 『お金は一円も求めない』と高らかに述べていた筈の…そんな高野直子は離婚調停にて我々3人をあっと!!驚かせた『300万円』もの大金をいとも簡単に約束を反故し請求・要求してきた極悪人ぶりには過去の記事にも挙げている。
高野直子は、この陳述書の中で『私はこれ以上関わり合いたくないので承諾しました』なんて全く真逆な事を平気で述べている文字通り極悪人の詐欺師と謳われしまっても何ら問題は無いだろう。

私の実父の高野義宗や弟の高野卓に説得されて『自発的』に戻らなかった(有り得ない与太話)

常に介助が必要な障害者であり、当時は一人で爪も切れなければ、カップラーメンすら作れない知的障害者でありながら左側が見えない同名半盲の私が、これからという時の幼き可愛い娘達と生き別れをする選択を取る訳が無いわな!!(認めたくないが…この時の私では…とてもでは無いが…独り暮らしなんて絶対に無理な状態だった…)


追伸:私がブログを始めたのは高次脳機能障害者の悲惨な末路を日本中に知れ渡って欲しいのと『成田警察署』や『佐倉裁判所』に高次脳機能障害を熟知して頂き、私の様な第二・第三の被害者を生み出させない為にブログを始めました。
本の出版が最終目標なのでインタビュー式のゴーストライターを探しております。
医療関係者やマスコミなどの取材も常時、受付ておりますのでLINEやメールにお気軽に連絡を下さいませ。


高野憲一の反論:世田谷区上馬の借家での私:高野憲一と同時:妻の高野直子と長女:なつきの3人での結婚生活の中で、私が最終的に仕事を失敗をし、就職活動中に高野直子・高野なつきの事を養う為に借りたのは私の父親である高野義宗から借りた『総額105万円』であり私が血族でも無い小倉義生に頭を下げてまでして一円すらも借りてはいない(高野直子は、よくよく熟知している筈)
仮にも高野直子が小倉義生から、40万円を借りていたなら家計の全般を支えていた私は結婚生活の中で即座に気付く筈(笑)

40万円もの金を実家から借りているのを私に知らせたら『非常に気まずそうな顔をして私がバツの悪そうな顔をした』(大爆笑)

この作り話が本当ならば私は即断即決『小倉義生』に電話を入れ、いくらいくら借りているのか詳細に書き記し、御迷惑を掛けてしまい済みませんと、ひたすら謝り『再び仕事が軌道に乗り始めたら必ずや40万円を責任持ってお支払い致しますからね!!』と間違い無く私は小倉義生に告げている筈!!

そもそも1億3000万円もの多大な借金を抱えて債権者達や佐倉裁判所の通知すらひたすら受け取らないで、徹底的に逃げ回っている無職の多重債務者の小倉義生に40万円も人に貸せる金が果たして有るのか?物理的に無理だろうに(大爆笑)

再び同居してから『約半年』は生活費を入れてくれただって?(何?その約半年間たる曖昧な期間て)
こういった私から渡して貰った金額と日付の都合の悪い事は意図的に一切記載しないのな(典型的な詐欺師なのが小倉親子)
小倉義生はプロムナードのリビングで私に直接向かって『毎月15万円は入れて欲しい』と頼まれて、私は高野直子となつきとあさを育て上げながら『15万円』もの金を支払うのは余りにも厳しかったが…取り立ても厳しく何かと金に困っていた多重債務者は無職の小倉義生に情けを掛けて、高野直子経由で毎月15万円を生活費として入れるのに私は必死に成って働いたが(月間の契約数は常にNo.1だったので私は班長まで上り詰めた)勤務先の東京新聞の今井団長(社長)に高野直子に渡せる生活費を差し引いても小倉義生に渡せる15万円に到達しない場合は…今井団長に借りてまでして金を工面したそんな私は…結局『90万円』もの借金を抱えてしまったに加えて、今井団長に毎月…毎月…借りる訳にはゆかないので、高野直子が作ったカードローンまで手を出してしまい50万円もの借金をこしらえてしまった(高野直子と2人で成田市のゆうちょの本局に何度行った事か!!)
で、半年後の12月には1万円を最後に生活費を入れなかったって(大爆笑)
では、多重債務者の無職の小倉義生が、高野憲一・高野直子・高野なつき・高野あさ・たる4人を隅から隅まで養ってあげたのな(大爆笑)
じゃあ『我々の携帯電話代』や『生命保険代』『学資保険』『住民税』『所得税』から何から何まで全て小倉義生が支払ってやってたんだ(そんな…金持ちの善人がどこに居るんだよ!!居るなら紹介をして欲しい)

では生活費に困っていたならば高野直子は何故に結婚後以来『無職』だったの?(笑)
生活費に逼迫していたならパートなり働きに出るでしょうよ(笑)

住み続ける事に対して『気まずい思いをしていたと思います』だ(大爆笑)

小倉義生と小倉和子を週に一回から二回は寿司屋や焼き肉屋や様々な飲食店で御馳走し私はプロムナードの家の中では堂々と暮らしていた(小倉義生・小倉和子が一番好きなのはスキー場なので旅行に何度も連れて行ってやったり)

3ヶ月間、毎日、病院に通って看病を行いましただって(笑)

毎日なんざ来ていないのが真実!!

更には『交通事故で体が不自由になって何もできなくなったとしても、それでいい、ずっと支えていこうと決心しました』だって?

全くの口からの出任せ!!
高次脳機能障害』たる病を何ら理解もせずに研究・勉強すらもせずに私の『自賠責保険金』から親子揃って散々に渡って摂取・着服して『任意保険』が、そろそろ降りそうなのを見計らって計画を練り上げ、常に介助が必要な障害者に成ってしまった家族である助けなければならない亭主の事を『都内に悪意の有る遺棄』なんざ決心をした人間が到底…出来る筈が無い!!

文中にはDVをお父さんやお母さんに知られたくない留守など間隙を潜っては暴言や暴力を毎回繰り返したなんざ戯れ言を平気で大嘘を述べているが、仮にも私が高野直子に毎回毎回殴っていたとしたならば、同居をしている娘(直子)のアザや傷跡の異変に気付かない両親が果たして居るだろうか?(笑)

それに小倉義生と小倉和子は自宅の出入りには債権者達の存在を恐れており極めて警戒しており、常に自宅に居て外出を極力控えていた人間達であり、部屋が違えど何でも聞こえてしまう分譲マンション内で、小倉義生・小倉和子が確実に家に居ないのを確認作業するという事を高次脳機能障害者の私がそんな器用な事が出来たであろうか(答えは否だ!!)

頭の賢い読者は既にお気付きに成っていると思うが、何故に果てしないDVを受け続けていた同居中に一切かっさい成田警察署に高野直子は通報もせずに都内に私の事を『悪意の有る遺棄』をしてから、わざわざ『保護命令』の申し立てをしたのであろう(即ち遺棄したという負い目が有ったからなのと私の預金通帳と実印を渡したくなかったからという計画の一環だからなのは明白!!まだ弁護士も付いていなかったので佐倉裁判所の裁判官に聞かれるまま…訳の分からないまま…反論もせずにウンウン頷いていたら保護命令を出されてしまった)

この佐倉裁判所を通した保護命令だが、連中は刑事罰に処される『保護責任者遺棄』たる罪意識が有った訳だが…流石は極悪人の詐欺師、悪知恵は利く…それを逆手に取って『加害者から被害者面』にすり替わろうと、これも計画通りだった訳だ(真の狙いは今後、私に降りる任意保険金の財産分与にて奴らの悪しき計画は完結する)

『インターネットを使って大量の買い物をする様に成った』脳に効くであろう足の裏のツボマッサージ器や少しでも病を治癒する可能性が有る食品や物を購入しただけ(占めて13万円)

生活費を私と話し合った上で毎月20万円の生活費を入れる様に成ったと、いかにも民主主義らしい戯れ言を述べているが実際は全くの真逆!!(過去の記事を読んでみて下さい)

『20万円を貰えないと生活が出来ないのよ!!』の一辺倒!!(借金すら何ら無い10畳一間で20万円も掛かる訳が無い)
即ち、私に降りた3000万円から、いかにして摂取する作戦に切り替えた『極悪人の詐欺師の小倉親子』は完全のグルだった(黒幕であり指揮を執っていたのは小倉義生)

もうね…こんな大根役者の演技に対して余りにも馬鹿馬鹿しくて、逐一反証するのも疲れるが…小倉義生にリビングで100万円の金を貸してやった話が、いつの間にか高野直子から言わせれば『自信に満ちてどうだ!』に話が見事にすり替わっている、どこまでも非を認めたく無いので与太話を永遠に講じたいらしい…どうにも成らない『小倉親子』

自賠責保険金が私に降りてから朝昼晩、嫌になる程『憲ちゃん!!御願いだから家に纏まったお金を無利息・無担保で最低でも100万円は貸してあげて!!そうすれば取り立ては無くなるから!!』と判断能力の無い私は…正確な判断が取れなく…ウンザリする程…毎日毎日…聞かされ続けて根負けをしてしまい…100万円を貸してやったのが…そもそもの大きな間違いであった(経済的虐待であり判断能力の無い私は簡単に騙されてしまった)

文中には『殺す』や『殴りかかってきた』なんざ馬鹿げた事をいけしゃしゃあと述べているが、完璧に誇大・誇張している作り話(何とかして裁判所に認められたいが為への全ては偽りのストーリー作り)

もし仮にも私が高野直子に、これら…本当にしていたならばブログには正々堂々と記載しないだろう!!(私は高野直子からアンタは金だけを出しとけばいいんだよ!!面倒を見てやらないよ!!と平手打ちされていた日常茶飯事はあくまでも包み隠すのだな)

荷物が梱包済みだから一週間も掛かる訳が無いので申し出を断った(笑)

ではなんで『今日だけはホテルに泊まって』と強く要望してきたの?(笑)

更には私の全荷物を返してくれるのに『3ヶ月間』も返してくれなかったの?

更には勝手に私の夏場の荷物だけを車に搭載しときといて一番肝心な私の命の代償金の自賠責保険金が入っている『預金通帳と実印』は敢えて持って来なかったの?

今日だけはホテルに泊まってと強く説得されたので私は騙されて、その中からTシャツ一枚と短パンの一枚だけを選んで持たされた訳だ。

重要な私の『薬』すら無かった杜撰さ。

都内に悪意の有る遺棄した三時間は話し合いどころか小倉親子の一方的な約束事の押し付け『お金は一円も求めない』に『好きな時に娘達とは会わせる』に私の実父も実弟も、その小倉親子たる詐欺師の発する偽りの言葉を信じ込んでしまった。

そもそも部屋を私の実父が用意したなんざ述べているが、私の親父が敷金・礼金を支払ってまでし、わざわざ借りた家なのか?(ワンルームマンション)
狡猾な小倉親子の真の狙いは私の降りであろう多大なる額の任意保険金たる財産分与だったのを様々な行政機関や弁護士から聞いて極めて危険な状態なのを察知した私は弁護士を早急に雇い入れ、補佐人の弁護士も雇い、ガチガチに固めてから離婚調停を持ち掛けたのたが 『お金は一円も求めない』と高らかに述べていた筈の…そんな高野直子は離婚調停にて我々3人をあっと!!驚かせた『300万円』もの大金をいとも簡単に約束を反故し請求・要求してきた極悪人ぶりには過去の記事にも挙げている。
高野直子は、この陳述書の中で『私はこれ以上関わり合いたくないので承諾しました』なんて全く真逆な事を平気で述べている文字通り極悪人の詐欺師と謳われしまっても何ら問題は無いだろう。

私の実父の高野義宗や弟の高野卓に説得されて『自発的』に戻らなかった(有り得ない与太話)

常に介助が必要な障害者であり、当時は一人で爪も切れなければ、カップラーメンすら作れない知的障害者でありながら左側が見えない同名半盲の私が、これからという時の幼き可愛い娘達と生き別れをする選択を取る訳が無いわな!!(認めたくないが…この時の私では…とてもでは無いが…独り暮らしなんて絶対に無理な状態だった…)


追伸:私がブログを始めたのは高次脳機能障害者の悲惨な末路を日本中に知れ渡って欲しいのと『成田警察署』や『佐倉裁判所』に高次脳機能障害を熟知して頂き、私の様な第二・第三の被害者を生み出させない為にブログを始めました。
本の出版が最終目標なのでインタビュー式のゴーストライターを探しております。
医療関係者やマスコミなどの取材も常時、受付ておりますのでLINEにお気軽に連絡を下さいませ。

 追伸:私のLINEのIDはtakano0013

メールアドレス:natsuki-0402@ezweb.ne.jp