高次脳機能障害・同名半盲の私の自宅療養。

 

既に挙げている過去の記事の中の文面で『妻や妻の両親並びに義弟』達、即ち『小倉家』は交通事故により私の患ってしまった病である『高次脳機能障害』と『同名半盲』を全く理解してくれなかったと、それとなく触れたが私の様に悲劇な第二・第三の人間を生み出さない為に『高次脳機能障害者の人権と尊厳を守る為』に事実引き起こった全貌の真実を如実に語ってゆこうと思う。

千葉リハビリテーションにて『高次脳機能障害』と『同名半盲』と診断を下された私は先ずは、この聞いた事も無い高次脳機能障害たる病を知らなくては成らないと『中度知的障害者』ながら本能的に感じ、読書好きで昔から出入りしていた成田図書館に妻と一緒に成田図書館に出向き『高次脳機能障害の本』を妻に検索をさせたら流石は千葉県では有名な図書館で在って出るは出るは沢山ヒットし、それらコーナーに行き片っ端から取り出し成田図書館からドーーンと『高次脳機能障害』の本を借りて自宅に帰った。

で、私は毎日朝昼晩・・・これら本を読みふけった。

それによると高次脳機能障害とは主に交通事故などにより脳への強い外傷を与えられてしまい引き起こってしまう『脳の病』であり我が国日本では『非常に判りにくい障害』や『障害の谷間』と謳われており、更には『認知症』に酷似されているとも言われる。そうとも知らずにマトモに支援などを受けられていない人々や親族や友人にも見離されたり理解されなくて苦しんで居られるケースも多く『言葉・思考・記憶・行為・学習・注意』などの損失状態を高次脳機能障害と呼ばれる。

高次脳機能障害の基本的な症状を挙げてゆこう。記憶障害・注意障害・遂行機能障害・感情のコントロールが上手く取れない障害だったり・などと簡単に挙げてみても発症前の過去の記憶や経験や体験や多岐に渡って蓄積して学んできた事や情報を思い出せなかったり、友人や知人に血族の顔を完全に忘れていたり、逆に新しい記憶や経験や体験や情報を保ってられなかったりするので『人の名前や顔』などを簡単に直ぐに忘れてしまう厄介な病でもある。

★今日の日付や日時に曜日に西暦などを簡単に忘れてしまったりし時間の概念なども殆ど無いか全く無い。

 

★人に説明されたり教えて貰った事を即座に忘れてしまうので何度も同じ事を繰り返し尋ねてしまう。

 

★感情のコントロールを取る事が難しく成り人格が変わった様に、やたらと短気に成ったり、その場にそぐわない発言をしてしまい『対人関係』が、たちまち悪化してしまい口喧嘩が絶えなく成り人間関係の破綻や人とのコミニュケーションを上手に取れなく成る(直ぐに泣くや極端に笑い上戸に成る等それは多種多様である)

 

★東西南北の概念が無くなり極端な方向音痴に成ってしまい認知症の御老人が、よく道に迷う様に高次脳機能障害者も来た道・行った道が直ぐ分からなく成ってしまい簡単に迷子に成る。

それは大きなスーパーや病院など建物に入っても同様であり一旦、建物の中に入って歩き始めると、たちまち出入り口が分からなく成ってしまう。

コレは高次脳機能障害者に顕著に見られる『地誌的障害』と言い、日頃歩いてき熟知し知っていた筈で有ろう自宅の近所でも簡単に迷ってしまい、なかなか帰宅が出来ず困難に陥ってしまう。地誌的障害が酷い方だと家の中でも迷ったり便所などを通り過ごしてしまう。

例えば私なんざスーパーにいつもの車種の車に妻に乗せてもらいスーパーの駐車場に停車をし車から降りて、これもリハビリだと思い一人で買い物の品を選んでいると、たちまちスーパー出入り口が分からい状況に陥ってしまい、その場合・・・他人様に『出入り口はどこですか?』と尋ねるのは最早ザラな話であり、散々に渡って乗って記憶として普通に覚えていた筈の車種の車の筈が一旦大きな駐車場に成ると乗って来た車を見つけるのが毎回・・・困難状態に陥ってしまい駐車場をウロウロウロウロして車を探していると妻がドアを開けて、そこから手を振りながら声を出して知らせてくたり、或いは出入り口で妻が待っていてくれる場合も有るのだが、高次脳機能障害者は沢山並んで停めてある車の中で果たしてどれが己が乗ってきた車なのかを即座に見つけ出すのは非常に困難でした。

 ★今、自分の置かれている周囲の状況を正確に判断出来なくなり、よく考えずに・・・その場の思い立ちだけで行動を起こしてしまい失敗やミスを及ぼしてしまう。

 

★気が散りやすく長時間一つの事に集中が出来なく成り、二つ以上の事をすると、途端に混乱してしまったりミスが多発する。

例えば周囲の音や雑音が気に成ってしまい一つの事に集中出来なく成ったりもする。

 

★患者さんにもよるが常にボケーっとぼんやりしていて人から何か

を伝えられたり言われても関心を持たない。

従って周囲からの刺激に対して何が一番重要なのかを脳が正常に判断をし、それに向って意識を集中をする事が出来なく成ってしまう。

 

欲求が抑えられなくなり状況に適した行動が取れなく成るのでミスやトラブルが多発する。

 

★計画力が著しく低下してしまい一日の見通しやプランを立てられなくなり時間や行動を有効かつ効率良く物事を進める段取りや実行能力が著しく減退してしまうので結果的に誰かの指示待ちが多く成ってしまう。

 

★物品の呼称や見分けがつかなくなり、道具など使い方も分からなくなる。

例えば『ハサミや箸』といった日頃、簡単に使っていた筈の物などが上手に使えなく成ったりし、洋服の裏表や左右や前後など見分け方がつかなく成り簡単迅速に着れなく成ったりする。

特に機器類の使い方は困難を極める。

即ち『物の組み合わせ』も苦手に成るので以前は出来ていた筈の料理なども手順を踏んでリズミカルに作れなく成る。

 

★発症前には見られなかった『幼稚な言動や行動』が目立ち、年齢よりも幼く成り直ぐに人に頼りたがり『執着心』や『固執観念』が強く成ってしまう。

話が纏まらなく成り人に何を告げたいのか、その本質を上手に伝達出来なく成る。

 

★人の本質を的確に見抜く事が出来ないので非常に騙され易く、真偽や嘘も見抜けないので詐欺などにも遭い易い。

即ち『判断能力が無いか希薄に成る知的障害者

 

と私は沢山借りてきた高次脳機能障害の本を起きている間は読みふけりながら私『高野憲一』の身に突如として降り掛かった『事の重大さ』に気付き・・・幼い2人の娘達の未来を考えると暗澹たる絶望感を感じてしまった。

同時進行でガラケーから高次脳機能障害同名半盲たる病をググっては検索し『お気に入り』に入れては何度も何度も読み返しては知識を得た。

コレは只事では無いと思い・・・一番の理解者に成ってもらわないと困る妻に対して高次脳機能障害者と同名半盲の『傾向と対策』を念入りかつ徹底的に熟知してもらうしかないと本能的・直感的に感じたので、これら借りてきた沢山の高次脳機能障害の本を片っ端から読んでくれ。と願ったが妻は全く読んでくれなかった・・・。

何度・・・懇願しても余りにも読んでくれないので困った私は戦術を切り替えて妻『高野直子』にガラケーの『お気に入り』に入れていた高次脳機能障害同名半盲のURLをメールに貼り付けては送信を繰り返したが・・・それすら全く見てくれなかった(これが悲劇の始まりだった)

即ち『高次脳機能障害者・同名半盲』の傾向と対策を全く練れない事に繋がり、私の病には一切見向き合わずに理解を得てくれなかった。

千葉リハビリテーションでのリハビリであるグループ訓練が終わり、その高次脳機能障害者達を病院の1階で待っている御家族の方々と私は毎回対話を繰り返し高次脳機能障害に関しての情報交換や生活状況などを話し合うのが当たり前の最中・・・肝心の私の妻『高野直子』とは著しく温度差が有り、皆様方御家族の方々は高次脳機能障害に対して非常に熱心で有り理解者で有り、どこまでも家族愛に満ち溢れており家族一心同体・一蓮托生と成って、この不可解で難題なる病の高次脳機能障害たる病に立ち向かう姿が有り、そこには『無償の愛』が注がれていた。

同じグループ訓練を受けている男性の方が偶然にも私と同じ成田市民であり、しかも比較的近所である事を私は知り『Gさん』の奥様と御一緒にグループ訓練に成田から千葉市緑区誉田の千葉リハビリテーションまで電車とバスの乗り換えを遠方から来ているのを気の毒に思い、クラスも一緒なので私が妻に向って『毎週、Gさん夫妻のマンションまで車で迎えに行き御夫婦を拾って千葉リハビリテーションに行こう』と提案をし新たなるパターンが始まった(即ち人助け)

たまにGさんの奥方が我々に気を使って『手作りの弁当』をリハビリ後に提出して下さった。私はGさんの奥様に向って『私は義理人情に厚い都内っ子なので困っている方の人助け気なんか当たり前の事ですから気なんか使わないで構わないんですし何よりも我々は同志なんですよ・・・更には御近所ですし何ら遠慮なんざ御無用ですから雨の日には特に車で行くのは確実に楽ですよ』と奥様に宣言し我々は毎週Gさん御夫婦を迎えに住んで居られる分譲マンションに決まった時間に迎えに行くのは当たり前に成っていて、G御夫婦は我々に対して大変感謝をされておられた。

 私の自宅療養中の暮らしには『脳が一刻も早く脳を少しでも治させる自己治癒』をさせたいのか、私は早寝早起きが当たり前と成り、昼寝をする事も日課に成った、元来寝ているのが嫌い・苦手だった私には不思議に思っていたのだが、今度は大便からの便通に悩まされてしまい、その悩みを同病院に相談したら薬を処方して頂き、それは薬によって一挙に解消された、暫く自宅療養をしていた私の日課は毎朝夕の『はくと幼稚園』まで長女の『なつき』の送り迎えが私の高次脳機能障害者の役割を妻から指示されていたので毎日行った。

或いは暇が空けば電動自転車で『地誌的障害』を少しでも治したいが為に目的地などを決めて近所を徒歩や電動自転車でサイクリングもリハビリの為に日課として挑んでいた。

病を克服したい為に脳に良い事なら何でも行った、例えば著しく語彙が狭く成ってしまった私は『クロスワード』を買ってきては言葉など数々の記憶を少しでも思い出せる為にクロスワードも日課としていたし大学ノートを沢山買ってきては『一言日記』と表紙に銘打って、毎日欠かさずに日記をきっかり一年間間書き続けた。

何月何日と書いて最初は本日起こった事や己の苦悩と葛藤だったり、今日感じた事や行った事を毎晩就寝前に書き記した。

不思議なモノで最初は二行ぐらいしか書かなかった文章が、日増しに文章が増えて行き一ページを全て文章を書き記したり、一気に二ページを書くまでに至った(未だに、この時の日記は全て自宅に保存してある)

この毎日の日記は『一日を振り返って思い出す』ので脳に良いのを私は本で学んで実行致した。

何年後かにテレビにて毎日日記を書く事や認知症の方に良いと放送された時『己が朝起きてから一日の記憶を呼び起こして振り返り就寝前までに毎日日記を書く行為は脳に良い』と放送され、そこで私の行いは改めて『正しかったのだ』と認識をした。

即ち高次脳機能障害も記憶を保っているのが困難な病なので認知症や痴呆症と酷似している『脳の病』に帰結するという私なりの見解な訳だ。

当初、自宅療養中は極めて早寝早起きであり昼寝には全く持って無縁だった私は昼寝も多発し疲れ易く寝てばかり居た、これも体の治癒本能からなのだろう。

即ち脳に強い外傷を与えられてしまい『脳を少しでも修復』しようと睡眠へと誘う体の不思議なメカニズムだと私は当時を振り返るとそう思える。

だが!!この寝て起きては高次脳機能障害の本を読み漁る生活リズムも長くは続かなかった・・今度は逆に『全く眠れなく成ってしまった』一晩中、起きているのはザラに成ってしまい2日間起きっぱなしも普通に成り眠れない辛さというものを嫌と言う程・・・感じ典型的な『睡眠障害』に陥ってしまった。

これには・・・私も相当参った・・・次の脳外科の主治医の診察日まで、ひたすら我慢し耐え抜いた(占めて1ヶ月間)

して・・・待ちに待った千葉リハビリテーションの診察日に脳外科の主治医に対して『和田先生!!体のメカニズムが変わったのか分かりませんが全く眠れなく成ってしまいどうにも成りません!!』と切実に訴え掛けたところ早速、同病院の精神科の大島先生を紹介して下さり事情を説明したところ『睡眠薬』を処方して下さった(この・・・大島先生は素晴らしき名医であり、どこまでも理解者の先生だった)

して毎晩『睡眠薬』を飲む生活が始まり辛い睡眠障害から脱却はしたのだが・・・これも長続きはしなく段々段々、効かなく成ってしまい徐々に一種類ずつ・・・1錠ずつ・・・診察日の度に増えてゆき最終的に四種類の睡眠薬と4錠にて確固たる睡眠が約束され落ち着いた。

これと同時に己自身の毎日の暮らしの中で相変わらず妻も高次脳機能障害に全く見向いてくれない事も相まって、己の何をやっても失策と失敗との繰り返しにより『俺は何たる低い能力なのだ・・・』と自我に目覚め・・・自分にホトホト嫌気が指し暗澹たる未来への絶望感を粛々と感じ始め『本来の俺では無い!!命を断とう!!』と死生観がガラリと変わり始め、妻が留守の時を見計らっては自転車に乗り『自殺場所』を成田市内で探し始めた。

 そして千葉リハビリテーションのグループ訓練中に、私はそれを皆様の前で赤裸々に打ち明けた・・・。

その危険性を察した大塚先生や長谷川先生がリハビリ後に早速、1階でリハビリを待っていた妻を呼び出して、私と妻をそれぞれ別々に分けて個室での面談を促され、それぞれ綿密に質疑応答をされ対話をした結果、既に睡眠薬を処方して下さっている精神科の大島先生に診察をしてもらうに導かれ診てもらった結果『精神安定剤』を処方される事と成った。

既に脳外科から『てんかん剤』をずっと処方され『睡眠薬』に新たに『精神安定剤』が加わった訳だ。

この頃の私は今より症状が格段に悪く『物探しが非常に苦手』ひとたび出歩けば『直ぐに道に迷う』『持ち物など置き忘れや落とし物が多発』得意だった筈の暗算や漢字が『二桁以上の計算には苦手』に成り『蓄積してきたあらゆる漢字など読み書きを失念か朧気』し改めて学習しても頭に入らない状態であり、不測な事態が起こってしまうと対処出来る能力に著しく欠落し迅速なる最善手が取れなかった(どれが一番効率が良いのかを判断出来なかった)

話は日赤病院の退院直後に戻るが、私が真っ先に妻に頼んだのは『香取神宮への私の事を生かして頂いた御礼の参拝』だった。

神々しい臨死体験をした時に以前から参拝してきた香取神宮の祭神『経津主大神』(ふつぬしのおおかみ)が『緑の龍』と成って私の事を助けに来てくれたからだ。

実は香取神宮は緑の龍の目撃情報が昔から多数有り緑の龍が鎮座されているとは交通事故前から聞いては居たが、まさか・・・私の前に現れるとは『奇跡の生還』を果たした時は非常に驚いたものである(龍は神の化身)

龍繋がりで直感的に、これは・・・何か有るのではないか?と感じ私は自宅の成田市界隈で龍にまつわる事を検索してググってみたら、やはり出て来ました『龍角寺』『龍腹寺』『龍尾寺』私は生かされたこの命に御礼の感謝の参拝をせねば成らない気持ちに駆られ、妻に頼んで車に乗せて連れてってくれと頼み全てのお寺に参拝を致しました。

香取神宮とは我が国日本では武神として名が知れ渡っておりますが鹿島神宮の祭神とは兄弟であり、皇紀2676年前に初代天皇の『神武天皇』が伊勢神宮香取神宮鹿島神宮を日本で三ヶ所だけに建立して下さった凄まじい歴史の在る神宮です。

香取神宮の参道を入って直ぐ右側に『夢屋』という龍に関する物だらけのパワーストーンなどを販売している店の親父さんが数々の龍や神様を撮影した写真は激必見です(何か買うと、好きな写真を頂けますよ)

親父さんの娘さんが買う人に見合ったパワーストーンで作って下さるブレスレットは激お薦めです。

そして・・・この娘さんが喋って下さる様々な不思議体験は滅茶苦茶面白いので、お気軽に話し掛けてみて下さいませ。

 

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